
十年ほど前まで、ボクはある国家資格を礎に医療の職場に身をおいていた。
現在はその経験を生かして医事システムを構築する会社の役員をしているが、十年もたつとかなりな部分を忘れており、簡単な専門用語ですらすぐに出てこなくなってしまった。
当時は緊急の呼び出しにそなえてぐっすり眠れず、かすかに聞こえる救急車の音にも敏感だったが、今はずいぶんと平穏に暮らしている。
それが少しまえ新聞のある折り込み広告を見て、いまだに改善されていない構造的な齟齬を思い出してちょっとブルーな気分になった。
いわゆるナースには看護師と准看護師という二つの資格がある。
准看護師でない看護師を特に正看護師(正看)と呼んで区別することもある。
この両者は同じように白衣をまとい、ナースキャップを頭に載せ、同じように親身になって患者さんの世話をしてくれるありがたい存在である。
一見同じに見えるこのふたつの資格は、しかし、埋めることが難しい法律上の大きな隔たりがある。
法律上の違いを抜き出してみよう。
看護師厚生労働大臣の免許を受けて、傷病者若しくはじよく婦(褥婦(じょくふ)/出産後の女性)に対する療養上の世話、又は診療の補助を行うことを業とする者
准看護師都道府県知事の免許を受けて、医師・歯科医師または看護婦の指示を受けて傷病者もしくはじょく婦(切迫早産、前期破水で早産・未熟児分娩のおそれがある妊婦など)に対する診療上の世話または診療の補助を行う者
正看護師は厚生労働大臣が与える国家免許であるが、准看護師は都道府県知事が与える知事免許である(ただし知事免許だからといって県外で無効というわけではない)。
正看護師は医師、歯科医師の指示を受けて業務をするのに対し、准看護師は加えて「看護師の指示を受けて」業務を行う。
正看護師は看護診断ができるが准看護師はできない。
正看護師は保健師や助産師の学校の受験資格があるが、准看護師にはない。
多くの病院では「婦長」は正看護師であることを条件としているので、准看護師はおのずから出世に限りがある。
そして、准看護師はその資格の低さから医師などからライセンスハラスメントとでも呼ぶべき差別をされることも珍しくない。
とはいえ実際は准看護師は正看護師とほぼ同じ業務をこなしている。
にもかかわらずこのような法律上の違いを根拠として、准看護師は身分も給与も低く抑えられている。
准看護師という資格は、戦後の看護師不足に対応するために暫定的に作られた。
手軽に看護師を養成できる制度を作ってとりあえず急場をしのごうとしたわけである。おまけに准看護師が正看護師の下という位置づけならば正看護師よりも安く使えるというメリットがある。
日本看護協会はかねてより准看護師制度の廃止を希望してきたが、しかし安く使える准看護師制度のメリットが捨てられない日本医師会の反発が強く、未だ廃止には至っていない。(そればかりか医師会が設立した准看護師学校も少なくない)
さて、ここに将来看護師になりたいと希望する女の子がいたとしよう。
この子は進むべき学校を調べるうち、ふたつの種類の学校があることに気づく。
ひとつは4年の大学を進むコース。もう1つは2年の専門学校に進むコース。
親孝行なこの子は親の負担も考え、同じ看護師になれるんだったらと2年の専門学校コースを選択する。
准という字はついているけれど、同じ看護師なんだから大きな違いはないだろうと・・・
ボクはこういう理由で准看護師になった子たちをたくさん知っている。
そして自分の向上心、向学心とは裏腹に、やがて頭打ちになる自分の資格の限界に気がついいて愕然とした子たちを何人も知っている。
医療はますます高度になり、高い技術や専門性を必要とするようになってきた。
申し訳ないが現代医学に対応するのに2年の専門学校ではとてもじゃないが無理だと思う。
それでも卒業して努力して現場を覚え、やがて正看護師とかわらない仕事をこなすようになる。
しかし厳然とした資格制度の隔たりのために給与が安くて出世も見込めない。
進路を決めるときには誰もそんなことを説明してくれなかったのに、気が付けば埋められない大きなギャップが目前にある。
これは悲劇以外の何ものでもない。
新聞の折込広告は准看護師学校の生徒を募集するチラシであった。
可愛い女の子のキャラクターが笑顔で注射器を手に持っている。
ボクにはその笑顔がむなしい。
もしあなたの身近に准看護師を目指そうとしている子がいたら、ちょっとだけ助言してあげて欲しい。
また、もしあなたが准看護師になろうとしているのだったら、今一度よく考えて欲しい。
このあとの数年であなたの将来が大きく変わる。
自分の進路を妥協すべきではない。
親に負担はかかるかも知れないし、勉強がイヤなのは誰でも一緒だけれど、いま少しだけがんばろうと決心すれば松葉のごとくその先は大きく違ってくる。
准看の学校を卒業して、さらに正看の学校に入って資格をとるという選択肢もなくはないが、そんな回り道をする必要はないだろう。
資格制度の矛盾を是正するのが先決だとは思うが、多くの子たちが進路を決定するこの季節、少しでも参考になればと思う。